追悼 ―黒沢繁先生ご逝去を悼む―

 令和3年9月21日に東北会相談役 黒沢繁先生がご逝去されました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
黒沢繁先生を偲んで、柴田東北会副会長から追悼文をお寄せいただきました。

回 想

宮城県会 柴田 純一

  令和3年9月21日、黒沢繁先生が93歳の天寿を全うしてご逝去されました。ここに謹んで哀悼の意を表します。このたび先生の追想寄稿の機会が与えられ、筆を執ることにいたします。

  葬儀会場の祭壇に飾られているお写真を拝見しておりますと様々な記憶が蘇ってまいりました。まず、昭和50年に当協会東北会の紹介により先生の事務所に入所してからの7年間、会計・監査・税務の仕事を一から教えていただきました。その後も公私にわたり大変お世話になっております。この間、業務上で多くの時間をご一緒させていただきましたが、執務の現場よりもその行き帰りや宿泊先での記憶が鮮明に残っています。

  先生は車での移動を好んでされました。遠隔地の監査先へは同乗させていただくことが多く、夕方や夜にはカーラジオから大相撲やプロ野球(大の巨人ファンでした。)の中継が流れていたことを思い出します。ある時は監査法人の全国研修のために静岡県御殿場市まで、カーナビのない時代に1日かけて延々と向かったこともあります。

  先生はお酒も好きでした。当時は出張先での会食も少なからずあり、そこでは談論風発、時には余興(バレーボールの回転レシーブを視たことがあります。)を披露されることもありました。行きつけのお店もありました。

  最後に先生の監査調書について触れます。決まった時間内に必要な事柄をきちんと調書に纏めるということについては一時たりとも揺るがせにしない先生でした。パソコンのない時代に筆跡も乱れずに仕上げる技は、おそらく戦時中の海軍少年兵、戦後の警察勤務時代に培われた生活規範の上に成り立つ毅然とした行動基準のなせる業と思わざるをえません。

  公認会計士制度発足の曙の時期から仙台市を中心にご活躍された先生には多大なるご恩があります。そのお返しといってはおこがましいのですが、少しでも次世代に残していけるものがあればと念じております。黒沢繁先生、ありがとうございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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